反社会的人間の戯言

底辺大学卒業のニートの♂である自分を通して反社会的人間の思考回路を観測してみよう。  ※文章が支離滅裂なときが度々あります。

自分における外見と自己主張の関係

皆さん、こんにちは。このブログの筆者のやくひなです。

毎度この言葉から始めていますが、これを定型文とすべきなのかよく分かっていません。

 

皆さんはどんな髪型でどんな服装を好んでいますか。流行り廃りはあれどもその恰好は十人十色でしょう。流行り廃りというものもよく分からないのですが、それはまあ別の機会にでも書きます。

さて25歳のメガネ男子である自分の髪型はというと今は3mmの坊主頭です。数日前に再度刈り上げました。服装は殆どTシャツにジーンズといったラフな格好です。何かしら羽織ることもありますが、大体ユニクロの革ジャンです。坊主にメガネ、革ジャン。友人らには「見た目はインテリヤクザ」と度々言われます(笑)

そこらの高校生の方が絶対オシャレでしょう。というか、こう書くとデカい小学生みたいな格好ですね。

個々人の見た目には必ず内面が反映されます。自分がそんな子供みたいな恰好をしているのも自分なりの主張があるわけです。今回はそんなところから書いていきたいと思います。

 

 

そもそもいつから坊主なのかというと2018年の夏位からです。高校卒業からの6年程度はある程度髪を伸ばしていましたし、ごく稀にスタイリングもしていました。それ以前はというと坊主だったり伸ばしてたりとまちまちです。坊主歴自体は10年位はあるはずです。さて、何故再度坊主にしたのかというと、髪型にこだわるのがめんどくさくなったのです。髪質が硬く、癖毛なので寝癖がついたら直すのが面倒です。それなのにアピールする人もいるわけでもないのに髪型を保つ必要性が無い事に気づいたので、一気に刈り上げました。

端的に言えば、恋愛をするつもりが無くなったので刈り上げたと言えます。

 

顔の造詣整っている人をイケメンと言いますが、雰囲気イケメンという言葉もあります。当然顔の造詣は簡単には変えられない。どこを変えるのかというと、髪型です。

理屈は分かりますが、これに踊らされるのは阿呆の所業としか自分には思えませんでした。見た目に対するこだわりがそこまでない自分には装飾することの意義が理解できないのです。清潔と清潔感という言葉のニュアンスの違いも同様に理解できなかったのです。

見栄えが良いと内面が良いのかというとそんなことは微塵もありません。見た目は興味を持ってもらうきっかけとなりますが、見た目でしか興味を示さない相手は自分には必要ありません。余計なことを考える余地が消えるのが丸坊主の利点ですね。バリカンひとつで数十回髪を切れるコスパの良さも魅力です。

 

服装も同様に必要以上にオシャレをするつもりもありません。オシャレ以前に服を着るという行為が好きでないので、必要以上のアイテムを身につけたくないっていうのがあります。物を紛失しやすいという悪癖との兼ね合いもありますが。

多くの人にとって衣服は図らずともコミュニケーションのツールの一つとなっています。「その服イケてる」とか「その服どこで買ったの」みたいなやり取りを見た事があるんじゃないでしょうか。そもそもコミュニケーションを拒んでいる自分からすると、オシャレをしてそういったやり取りが発生するというのはマイナスなわけです。ですので、暗色もしくは単色の服装が殆どになります。自己主張は身に着けているアイテムだけで十分なのです。

 

身に着けているアイテムの選定基準はというと、基本は単色かつ機能性を重視して選定しています。メーカーだとかデザインに大したこだわりはありません。流行に乗るつもりもないので、被服費は年間でも10000円前後です。

これらを包括して何を主張したいのかというと、”面白い人間じゃないから必要以上に関わってくるな”と伝えたいのです。外見にこだわる位ならその時間と労力を別の所に回したいというもありますね。

オシャレにこだわる人とは真逆の行動原理と言えるかもしれません。

 

 

オシャレをしたところでその人の性質が変わるわけではありません。他人に迎合するために自己を偽る・抑圧するというのは自分からしてみると凄く苦痛なことなのです。

ですが、社会生活を送るうえではそれはある程度必要となります。メディアに踊らされて、それを苦としていない人達を羨ましいと思うこともあります。そして、その人達は先導するものが無くなった時にどのような行動を取るのか興味深いです。

他者に迎合して生きていく人生は安心感はあるのかもしれませんが、別にその人である必要が一切ないと自分は思っています。そのことに恐怖を感じないのは幸せなことかもしれません。

 

人生は一度きりです。それなのに他人の為に時間を使おうと思えるのは凄いと心から思います。凄いとは思いますが、自分もそうなりたいとは微塵も思わないから不思議なものです。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。